水戸地方裁判所 平成3年(ワ)193号 判決 1993年12月20日
原告
安博文
右訴訟代理人弁護士
谷萩陽一
同
佐藤大志
被告
茨城倉庫株式会社
右代表者代表取締役
太田浩
右訴訟代理人弁護士
清水謙
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金六三二万一七二一円及びこれに対する平成三年六月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、解散前の日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という)職員であった原告が、旧国鉄を退職して被告に雇用され、フォークリフト車運転、荷役作業などに従事していたところ、過労により肝機能障害に罹患したが、被告が原告を電気関係業務に従事させると欺いて旧国鉄を退職させ、また、電気関係業務に従事させるとの約束に反して電気関係業務に従事させず、かつ、旧国鉄よりも低い給与しか支給しなかったことが、不法行為、債務不履行(安全配慮義務違反)に該当するとして、損害賠償の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 被告は、倉庫業、運送業などを目的とする株式会社であり、原告は、昭和六二年四月一日から平成三年二月二八日までの間、被告に雇用されていたものである。
2 原告は、旧国鉄職員で、電車運転、車両検査の業務に従事していたが、昭和六一年一〇月二八日、被告の採用面接試験を受験し、同年一二月五日、被告との間において、雇用契約(以下「本件雇用契約」という)を締結し、同六二年四月一日、被告に入社した。
3 原告は、入社後、被告の企画室に勤務し、同年一〇月一日、被告の赤塚営業所に配置換えされ、フォークリフト車の運転、荷役作業に従事し、平成二年株式会社ほくさん(以下「ほくさん」という)の物流関係業務に従事した。
4 原告は、平成三年二月二八日、退職した。
5 原告は、その間の、平成二年一〇月一七日から同年一二月六日まで五一日間、つくば市内の筑波大学附属病院に入院し、同月一一日と翌三年一月一七日に同病院に通院したが、その治療費は合計八万五〇八〇円であった。
二 原告の主張
1 不法行為
(一) 被告は、原告に対し、被告の電気関係業務に従事させると欺いて旧国鉄を退職させた。
(二) 本件雇用契約には、原告を被告の電気関係業務に従事させる旨の合意(以下「職種限定合意」という)がなされていたのに、被告は、これに違反して、原告を電気関係業務に従事させず、フォークリフト車の運転、荷役作業などに従事させる業務命令を発し、これに従事させた。
(三) フォークリフト車の運転、荷役作業は、原告の肉体的限界を超える苛酷な労働であった。
2 債務不履行
被告が、原告の肉体的限界を超える過重な作業であるフォークリフト車の運転、荷役作業に長時間従事させたのは、原告に対する健康保持義務違反である。
3 原告の損害 六三二万一七二一円
(一) 給与差額 三二三万六六四一円
原告が旧国鉄から支給されていた給与と被告から支給された給与との差額
(二) 治療費 八万五〇八〇円
原告が、前示の過酷な労働により悪化した肝機能障害の治療のために要した治療費
(三) 慰謝料 三〇〇万円
三 主要な争点
1 被告が、原告を被告の電気関係業務に従事させると欺いて旧国鉄を退職させた事実の有無。
2 本件雇用契約に職種限定合意がなされていたかどうか。
3 被告が、原告をフォークリフト車の運転、荷役作業などに従事させたことが、違法もしくは被告の健康保持義務違反に該当するか否か。
4 原告の従事した業務内容と原告が罹患した肝機能障害との間の相当因果関係の有無。
第三争点に対する判断
一 被告が、原告を被告の電気関係業務に従事させると欺いて旧国鉄を退職させた事実の有無について
本件全証拠によるも、被告が、原告に対し、旧国鉄を退職するように働きかけた事実は認められないから、この点に関する原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
二 本件雇用契約に職種限定合意がなされていたかどうかについて
1 (証拠略)、原告本人尋問の結果中には、原告が被告の総務部長の根本泰(以下「根本総務部長」という)から、被告の河和田営業所の倉庫の案内を受けた際、この倉庫の電気関係の保守点検をやってほしいといわれたとの部分がある。
2 しかしながら、(証拠・人証略)によれば、被告は、昭和六一年始めころ、社団法人日本倉庫協会を通じて、国鉄余剰人員の採用方を要請されたことから、同年八月一一日ころ、旧国鉄水戸鉄道管理局雇用対策室に対し、求人票を提出したこと、右求人票には、職種倉庫作業員又は庶務事務員、職務内容<1>寄託貨物の入出庫並びに倉庫管理(フォークリフト)<2>貨物の集荷配送(大型貨物車小型貨物車)<3>施設電気関係の管理事務、必要技能等普通乗用車運転免許と記載されていたこと、原告は電気工事士及び普通自動車の各免許を有していたもので、上司から勧められて被告の採用試験を受験したものであったこと、被告の採用面接試験は、被告社長室において、被告代表取締役の太田浩、常務取締役営業部長の沼田大八及び常務取締役の君山守廣が相対して行ったが、その際、原告を電気関係業務に従事させる趣旨のことが話題に上がったことはなかったこと、右の面接の後、根本総務部長が、原告を被告の河和田営業所の倉庫へ同道して倉庫内を案内したこと、原告は、同年一一月一五日、再度訪問して根本総務部長から同営業所の倉庫の案内を受けたこと、被告は、財団法人関東電気保安協会との間において、河和田営業所倉庫の電気工事工作物の工事、維持、運用に関する保安業務の委託契約を締結していたため、電気保守業務のみを担当する従業員を配置しておらず、その業務のみを担当している従業員もいなかったことの各事実が認められる。
3 右事実及びこれらの証拠に照らし、(証拠略)及び原告本人尋問の結果中の前示の部分は、採用し難いが、仮に、根本総務部長がそのように述べた事実があったとしても、採用面接の機会でもなく、単なる会社案内の際のその程度の言辞をもって職種限定の合意が成立したとまでは到底認められない。
他に、職種限定の合意が成立したと認めるに足りる事実の立証はない。
したがって、職種限定の合意が成立したことを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 原告の従事した業務内容と原告が罹患した肝機能障害との間の相当因果関係の有無について
1 前掲の証拠と(証拠略)によれば、原告は、平成二年八月三日ころから、ほくさんの物流関係業務に従事したこと、原告は、同年一〇月一七日に、筑波大学附属病院精神科において、同年七月ころから易疲労感が出現したと訴えて診断を受け、検査の結果、軽度ないし中度の肝機能障害が認められると診断され、肝機能障害の病名により、同日から同病院に入院して安静、薬物治療を受け、症状及び肝機能改善により、同年一二月六日退院し、その後同月一一日と同三年一月一七日に通院して治療を受けたこと、原告は、昭和六二年八月にも、易疲労、腹部膨満、食欲不振を訴えて、日立市内の磯野医院において診断を受け、神経性胃炎と診断されて通院して治療を受けたことがあったこと、また、原告は、平成元年五月二〇日、交通事故に遭って鞭打症になり、その治療のために遅刻、早退し、あるいは就業時間中通院したこと、原告は、右事故に基づく休業補償の請求を平成元年五月二〇日から同二年一一月一五日までの間行ったことの各事実を認めることができる。
2 右の事実関係に照らすと、原告の肝機能障害が被告の業務に従事したことによって生じたものと認めることはできない。
そうすると、原告の肝機能障害が被告の業務に従事したことによって生じたことを前提とし、これが違法もしくは被告の健康保持義務違反であるとする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわざるを得ない。
四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判官 村田長生)